6ヶ月間の基礎科夜間部を終えて
僕には初めての雰囲気でした、その方は。
半年前に何があったか、覚えている方は少ないと思います。
僕もほとんど覚えていません。半年前どころか、昨日のことも忘れるありさまです。
ある一日の出来事だけを除いて。
覚えているのは9月16日。
なぜか。シナリオ作家協会のシナリオ講座説明会があったからです。
説明会に到着したときには、会場は半分以上、埋まっていました。
研修科の柏原寛司先生と、基礎科で現在も教えていただいている林誠人先生から
脚本、脚本家のことについて説明をしていただきました。とても有意義な時間でした。
でも、僕は説明を聞くよりも、林先生の挙動をじっと見ていたのです。
饒舌な柏原先生と比べ、説明会なのに、頬杖をついたり、腕組みをしながら、
押し黙っているような感じの林先生は、それだけで雰囲気がありました。
林先生はやおら口を開くと、シナリオは技術である、その技術を教える、と言われました。
その一言で十分でした。僕は、半年間、通うことに決めました。
とはいえ、僕は人見知りの、口下手なのです。
初回の講義に参加したときには、「ああ、きっと他の受講者と仲良くなるには時間がかかり、
先生と何気ない会話をする時間など遠い先なんだろうな」と思っていました。
しかし、塩田千種先生、林誠人先生がいらした初回の講義で、
自己紹介やガイダンスが終わった後、先生方から声をかけていただき、
飲み会に参加し、そこで受講者や先生方とも言葉を交わすことができたのです。
今でも先生方と話すときは緊張してしまうのですが、初日は何を話したのか覚えていないほどです。
それからも飲み会は毎回講義終了後に開かれました。
飲み会は好きなので、毎回のように参加しました。
そうすることで、先生や受講仲間のこともわかり、また、
自分のことも周囲にわかってもらえることができたと思います。
それから毎週、家も職場もある千葉から赤坂に通いました。
半年間の講座では、前半はシナリオの書き方について、テーマや構成、 キャラクター、セリフなどを教わりました。
僕は今までも本などでシナリオを勉強していたのですが、
本だけでは得られないポイントが随所にありました。
後半は一転、実習形式で、1時間のドラマをプロットからシナリオへと書き進めていきました。
講義で印象的だったのは、シンプルなプロットが、塩田先生の講評で、 どんどんと物語が組み立てられ、人物が動き出していくさまを目の当たりにして、
僕は鳥肌が立っていくのがわかりました。
飲み会でも、先生に「今日の講義は感動しました」と伝えたところ、喜んでいただいたことを覚えています。
また、 僕自身は、プロットを出したあとで、シナリオを提出し、
林先生から褒めていただくと同時に、「予想通りでつまらない」と言われ、
褒めていただいたこと以上にうれしかったことを覚えています。
先生方に自分が書いたシナリオを読んでいただき、そのうえで講評をいただけるという幸せ。
講評は講義時間中では終わりきりませんでした。
そのあとの飲み会で、続きを聞きたいです、と先生にぶつけたところ、
マンツーマンのような形でさらにご指導いただけました。
とはいえ、自分で作品を作り上げなくてはいけないので、すべてをさらけ出していくことになります。
失敗もしました。
そんなときに、僕は塩田先生の言葉を何度も反芻しました。
「ここは授業だからいっぱい恥をかきなさい」
何度この言葉に背中を押されたことか。
また、飲み会などで早く仲良くなったこともあり、
他の受講生の作品も、興味深く読むことができました。
また、他の作品を読み、講評を聞くことで、自分の作品にフィードバックさせることもできました。
シナリオは独学で勉強することもできますが、
受講仲間や先生方に講評していただくことは講座でしかできないことです。
今回、タイミングもよかったなと思うのは、
お二人の先生方の作品が、受講期間中にテレビやラジオで放送されたことです。
その作品について、作品の成り立ちや背景を直接伺えたことは、
今しか経験できないこと だったかもしれません。
68期基礎科は3月23日に修了しました。
僕は4月から研修科に進み、継続して、塩田先生、林先生に、
また、新たに加わる赤松義正先生に教わり続けようと思っています。
基礎科最後の講義は林先生でした。
いつもみんなで行く居酒屋で、半年前の説明会と変わらぬ雰囲気のままの林先生から、
僕の作品の至らない点について教えていただいきました。自分の甘さを突かれたようでした。
今後も、教えていただける幸せを胸に、一歩でも上達できるように頑張っていきたいと思います。
植地