1月22日基礎科夜間部(保坂)
1/22(木)の授業は映画『愛妻物語』の鑑賞。シナリオライターの主人公とその主人公を支える妻の話。映画の内容に関しては見てない方もブログを見ているかもしれませんので触れない事にします。
個人的にあまり昔の映画を見ない事もあり、シナリオ講座の中での映画鑑賞は僕にとってはいつも新鮮なものだったりします。
そして先生が選んでいる映画がどれも名作だからと言うのもあるのかもしれないが、昔の映画の方が太く心が通っている様に思います。
人物にも構成にも。
現代の映画に比べシンプルな作風の中で、2時間に一筋の芯が通っている事が作品を時が風化させない理由なのかも知れません。
そして僕にはただ一つ。個人的に魅力を感じる映画には共通点がある。
そしてそれはこの『愛妻物語』にも含まれている要素。それは「主人公に圧倒的な理解者が居る」。という事。これは映画の中でもそれを示す様な台詞が出てきました。
そして鑑賞が終わった後に鈴木先生もその事について触れていました。そして僕自身。実生活の中でも重要視している事でもあります。人生という時間には限りがある。だからこそ、その中で大切な事は「濃度」だと思う。
人との係わり合いの濃度。
時間の過ごし方の濃度。
すべては過ごしてきた時間の積み重ねだと思います。
いい映画を見る度に再確認し、またその思いも自分の中で色濃く濃度を増していく。
そして今回の授業の中で、一つ心に残った言葉を紹介したいと思います。
それは鈴木先生が鑑賞の後、シナリオライターの役割について話をしている中での言葉
「『何を(描くか)』を決めるのはシナリオライターの仕事。『どのように(描くか)』を決めるのが監督の仕事。シナリオライターと言うのは作曲家に似ている。」
この『作曲家』という言葉。
話が脱線してしまいますが、僕は個人的にダウンタウンの松本人志が好きである。
その松本人志が以前言っていた事がある。
「自分は作曲家タイプの芸人。0から1を生み出す。指揮者タイプ(周りの人間に話をふって場を使って笑いをとる。1を100にする。)の芸人も居るけど、自分は作曲家の方がすごいと思う」
と言う内容。
後にアメリカでシナリオライターのデモがあった時期に雑誌の記事でも答えている
「シナリオライターにもっと金を払うべき。映画にとって一番大事なのはシナリオ。」
僕も100%同意です。
何かを生み出す事の価値は計り知れないと思う。同時に何かを生み出せる人間にもなりたいと思う。その為にはやらなければならない事が山程ある。
今この場所でね。
何かが起きると無責任に未来に期待をしていても何も変わらないから。がむしゃらに出来る事をやるだけでしょう。日々そう思い知らされています。
保坂(第52期基礎科夜間部)
好きな映画は「タクシードライバー」
人の価値は信念の強さだと思います。