2008年10月13日(月曜日)
午前3時に目が覚めました。
3時間も眠っていないけど、まあいいかと、起き出して、シカゴマラソンを観ながら、AFL・アメリカン・フットボールの試合経過をネットでチェックします。
3年前からカナダの友人たちとフットボール・プールを作り勝敗予想を競っているのです。ちなみに、わたし、ディペンディング・チャンピオンです。今年も勝って目にモノ言わせたいところだったのですが、どうも調子が悪いです。
ブレイディの負傷離脱で混戦・乱戦気味のシーズン、オッズでさえ混乱しているように思えます。ライバルたちも軒並み低迷。代わりにトップに居並ぶのは、今年から参加した素人たち。その差、既に12ゲーム。残り10週、果たして逆転できるのでしょうか?
男子マラソンは2時間3分代が出てますます高速化が進んでいます。序盤から中距離並みのスピード。やっぱり藤原はついていけない。
眠たくなってきたので、また寝ました。
ところで、日記を引き受けてから、困ったことに気がつきました。
日記って1日に起こったことを記すことですよね。
1日って24時間じゃなきゃダメですか?
そもそも、1日が24時間って、誰が決めたんですか?
あ。地球と太陽か。
じゃあ、文句言っても仕方ないですね。
でも、私の1日って、いつ始まっていつ終わってるのか、曖昧です。
というわけで、次に目覚めたら、午前11時。
なんで夫がいるのだろう、と思ったら、今日は祝日なのですね。
で、夫が休日恒例の質問をしてきました。
「夕飯、ボクが作ってもいいかな?」
いいですとも。いいですとも。
ついでに、朝食も昼食も作ってみたらいかがでしょう?
夫は嬉々として、キッチンの壁にレシピを貼り付けます。
「オール・レシピ」ってサイトから拾ってきたロースト・ビーフ。
お。洗濯もしてくれたんだ。
浴室もピカピカだ。
夫の邪魔をしては悪いので、私はソファーに転がって、録画していたゴルフを観ます。
PGAは今、フォール・シーズン。来年のシード権をかけた争いは通常シーズンよりも面白いなあとか思っていると、珈琲が出てきます。目玉焼きとトーストも出てきます。
「ごめんね。ベーコン、切らしちゃって」と夫の声がします。
「たまご、焼き過ぎてない?」とか心配そうな夫の顔も見えます。
女に母性があるとすれば、男にも父性があるのです。
夫の行動を観察してると、そう思います。
男にだって子育ての本能があるんですよ、きっと。
でも、うちには子供がいないので、私を相手に我慢してるのだと思います。
こんなわたしの生活を目にした友人たちは、「カナダ人っていいよねえ」と言います。
それをそのまま夫に伝えると、「カナダ人だからじゃないよ。ボクだから。
ボク個人だって認識してよ」と思春期の少年のようなこと訴えます。
だから、ちゃんと名前を言って「ありがとう」と言います。
これくらいで、身の回りの世話をしてもらえるのなら、楽なもんです。
何度も何度も「ありがとう」って繰り返したりします。
すると、夫はうるさがります。
それでも止めずに「ありがとう、ありがとう」と言い続けると、段々、夫が苛立ってくるのがわかります。うふふ。面白いです。
でも、すぐ、飽きます。
夫を解放して、出雲駅伝を観ます。いよいよ、駅伝シーズンの開幕です。
お肉の下準備を終えた夫が来たので、「今年は四天王が抜けてね……」などと見所を説明してあげます。余計なお世話みたいです。ふんふんと頷いているけれど、絶対に聞き流してます。それでも言うべきことは言わないと気がすまないので、延々語り続けていると、夫が私に触って、言いました。
「ほんと、柔らかいね。赤ちゃんみたいだ」
足の裏の話です。
思えば、最近、足の裏を使用してません。
歩かないのは勿論のこと、立ちあがることさえ稀です。
駅伝も終わったので、足の裏を鍛えに行くことにしました。
近所に打ちっぱなしのゴルフ練習場が出来たのです。
夫をコーチにしてドライバーの飛距離を160ヤードまで伸ばすことに成功。
ドライバーで160って……。でも、わたしにしては大進歩。
ウキウキと飛び跳ねるように家に帰ったら、足の裏が痛い。
すごいなあ。もう肉刺が出来てます。
「痛いよ、痛いよ」と騒ぐと、「横になってれば」と言われたので、またまたソファーに転がって、白坂依志夫さんに勧めてもらったロス・マクドナルドの「さむけ」を読み始めます。ミステリ好きとか喧伝してるというのに、こんな名作を読み逃していたとは……。
と、キッチンから夫の鼻歌が聴こえてきます。ビール片手に上機嫌で料理しています。
その姿が急に愛しく思えたので、彼の大好きな「よなよなエール」をこっそり注文しておきました。
上出来のローストビーフを食べて、レスリング世界選手権を観ていたら、いつの間にか眠ってました。
目が覚めたら、午前2時。
コーヒー・メーカーは、スイッチを押せばいいように、セットされています。
起き出して、仕事をすることにしました。
段々、明るくなってきます。
夫が猫を従えて起き出してきました。
太陽暦での1日がまた始まったわけです。
わたしは、寝ようか、このまま起きていようか、迷ってます。
2008年10月14日(火曜日)
結局、そのまま起きていて、週末寝かせておいた脚本第一稿を読み直しました。
普通は寝かせておくと、熟成されていい感じになじんでくるはずなんですが、今作はダメです。なんかうまく行ってません。あれこれ手直ししましたが、どうにもこうにもなりません。そもそもプロットからして違っているような気がしています。
頭痛がしてきたので、ベッドに転がることにします。無理して大きなベッドを買ってよかったなあ。ゴロゴロ、ゴロゴロ、縦横無尽に転がります。
あ。MBLア・リーグの優勝決定戦やってるじゃん、と思い出し、テレビをつけました。
もう、5対0。レッドソックスが負けてます。やっぱり前の試合の負け方が悪過ぎでしたよね。不調ベケットをあそこまで引っ張るなんて。オリンピックの星野采配を観ているようでした。ホントつまらない試合だなあと観ていたら、監督に当たって砕けてみようって気になってました。
そもそもプロットなしで脚本に進むなんて、わたしには無謀なことだったのです。
「プロットなんて不要」とおっしゃる方も多いようですが、わたしはプロットで練り上げるのが性に合っているようです。何度も書いているうちに、プロットというよりも、ハコに近くなっていきますけど。でも、そこまでいかないと脚本に進む気になれません。講座生とか中身が固まる前から「シナリオに進んでいいですか」とか言ってきますけど、偉いなあと思います。多分に嫌味ですけど。
だって大変じゃないですか、ト書きとか台詞とか考えるの。プロットを詰めておけば、脚本での描き直しって少なくてすむし。設定もロクに固まってないのに脚本にするなんて、わたしには狂気の沙汰にしか思えないんですけど。
でも、描きたいんでしょうから、別に止めません。ただね、そういう人たちってプロットはつまらなくても脚本にすれば面白いって信じてる人たちで、台詞や画を過度に重視しちゃってる人たちが多いんですよ。だから、「はいはい、この台詞を言わせたかったのね」とバレバレだったり、脚本で演出つけてきちゃってたりするものです。いくら細部が面白くても土台骨が通ってなければどうしようもないのに……。
ちなみに、わが師は「プロットなんて書いたことがない」と言ってます。でもきっと頭の中で綿密なプロットを組んでいるはずです。書かなくてもそんなことが出来るのは才能がある稀な人だけで、凡人はやはりプロットを書きましょう。
「はい」
というわけで、監督に電話して「一度、読んでください」と言いました。
メールのない監督、最初は「郵便で送って」という話でしたが、結局、「代々木あたりで一杯呑むか?」ってことになりました。脚本の手渡しなんて初めてです。
これから読まれるべき脚本を前にお酒を呑んだりするのも初めてです。いやなもんです。一杯が二杯、二杯が三杯になるうちに、どうでもよくなってきましたけど。
11時過ぎまで呑んで、二軒目には行かずに帰宅。「明日、早く起きて、脚本を読まなくちゃいけない」と監督が言うものですから……。
眠れぬ夜になりそうだなあ。
で、気分転換に、グレン・クローズ主演のテレビドラマ「ダメージ」を観ました。
なんて、観たのは初めの20分だけ。ぐっすりと眠ってました。
どれだけ、神経が太くできてるんでしょう、わたし……。
プロットの話が出たついでに、脚本家を目指している方々にお願いがあります。
現実問題として、「プロット」は2種類存在しています。
自分が脚本を描くために書く本来のプロットと、企画を通すために書くプロット。
前者はあくまでも脚本のために存在し、後者はいわばプロデューサーの営業ツールとして存在します。わたしも書いたことがありますけど、後者「プロット」は、あとで脚本にしなきゃいけないなんて考えなくてもいい代わりに、それ自体の面白さが要求されます。ホント、脚本とは全く別のテクニックです。
ただ、繰り返しますけど、こういうプロットは脚本のためのプロットではないのです。そこを明確にしておく必要があると思います。「プロットを頑張って書き続ければ、いつかは脚本も」などという期待を抱かずに、あくまでも「プロットライター」としてのお仕事なんだと割り切って受けるべきなのです。
いえ、別に脚本家を諦めてプロットライターになれとか言っているわけではなくて、それくらい別物だってことです。と、同時に「プロットだけしか書いてないけど、でも、生活できてるよ」って人もいてもいいんじゃないかと思ったりもしてます。
でも、「脚本家になりたい!」という書き手の思いを利用し「いつかはホンも」みたいな可能性をちらつかせて不当に安いお金やひどい条件で書かせるプロデューサーがいたり、「いつかは……」を信じタダでも書いちゃう人がいたりして、結果、プロット料はいつまでたっても上がらず、若手脚本家の生活は困窮するばかり……。
ですから、お願いです。
どうか、「企画が成立した時だけお金を払う」とかいう不当な条件で書かないでください。
「コネが出来るのならタダでもいい」とか「書くこと」を貶めるようなことはしないでください。もし「デビュー前だからいいじゃない」と思っているのなら間違いです。そういう行為は、「書き手」の地位を失墜させ、やがては、プロになったあなたを苦境に陥れることになるのですから。ここは書き手が共闘しましょう。
共闘とかって、大袈裟な話みたいですけど、それくらいの覚悟がないと、書き手の立場はますます軽んじられちゃうし、脚本家はひたすら貧乏なままです。
まあ、プロット代がいくら上がってもヒルズに住めたりはしませんが、コンビニのバイトは辞められますよ、きっと。
2008年10月15日(水曜日)
ふと目が覚めました。首が痛い。耳元で鼾。また猫に枕を取られてます。
腹が立つので頭を叩きました。と「ふにゃあ」と嬉しそうに鳴いて、わたしの首の上に移動してきます。頚動脈を圧迫されて、苦しい。ベッドの上から放り出しました。白黒の大きな毛の塊は何度放り出しても戻ってきます。宙を飛び、着地するやいなや、嬉々としてUターンするその姿に、こいつ楽しんでるな、とやっと気がつき、虐めることにしました。長年飼っていますから、嫌がるポイントは知り尽くしています。忽ち、うーっと唸ります。それでも止めずに嫌がらせを続けると、シャーっと威嚇してきます。でも、うちの猫、威嚇だけで爪も出さなければ噛み付きもしない弱虫です。だから構わず虐め続けていると、夫が救出に飛んできます。「かわいそうに。また虐められたの。ひどいねえ」とか慰めながら、猫を抱え、連れて行ってしまいます。なんだか、悔しいので「ブルー」と名前を呼びます。と、来ます、来ます。夫の腕をすり抜け、とっとっとっと、わたしの元に駆けてきます。ばかな奴です。たった1分前のことも忘れ、わたしに擦り寄ってきます。わたしはそれで満足し、ベッドから出ることにしました。猫は置き去りにします、うるさいので。
あれ? 廊下の本棚にペットボトルの水がズラリと並んでるよ。
「いいアイディアでしょ」と得意げな夫。勘弁してよ。猫除けじゃないんだから。
ていうか、この本棚、愛しのミステリ・コレクション用に、最近、購入したばかり、これから整理しようと思ってたところなのに……。て、すでに二ヶ月経ってますけど。いえ、わたしは空きスペースが好きなんですよ。人にはそれぞれ奇妙な習性があるもの、わたしの場合、棚でも引き出しでも空きスペースがないと落ち着かないのです。なんか空っぽっていいじゃないですか。
できれば家中のモノみんな捨ててガランドウで生活したいですよ。でも、そういうわけにもいかないので、自分の頭の中を空っぽにしてみました。
うそです。機能しないだけです。何も考えられない。何もしたくない。ソファーに転がって、朝っぱらから、「ダメージ・シーズン1」の続きを観ることにします。
「過去と現在が交錯しながら謎の真相と陰謀が次々と解き明かされていく」というのが惹句。確かに過去と現在は交錯してます。でも、混乱はしてません。
ていうか、現在のシークエンスが過去の狂言廻しみたいに機能してます。面白いので延々観続けました。
午後1時。脚本を読んだと監督から電話。ダメだしされました。でも覚悟していたので、ダメージはありません。夕方、喫茶店で詳細なダメを聞くことに。
あ。夫との約束、忘れてました。ゴルフの練習に行ってどこかでおいしいもの食べる予定だったのに。「ごめんね」メールしようとして、気がつきました。
昨日も同じメールを打ってるじゃないですか。使いまわししようかとも思いましたが、それもあんまりなので、電話をしました。「これじゃ、いつまでたっても、ボクのスコア、伸びないよ」と文句を言われたので、「だったら1人で行けばいいじゃん」と言いかけましたが、面倒なので、謝っときました。
悪いなんて思ってなくても、わたしは日本人、謝ることなんて、へっちゃらです。
ダメ出しは、わたしが引っ掛かっていた点ばかりなので、了解、了解。悉く納得です。やっと焦点が合ってきた感じです。遅いよ。
軽くビールを呑んで、参考作品を借りて、帰宅しました。
あ。夫がいます。当たり前ですけど。
「『ダメージ』の続き、観る?」と誘われます。この人が起きている間は仕事にならないわけで、仕方がないなあと付き合います。DVD一枚で終わるかと思ったら、もっと観るとか言うんですよ。「もう早く寝てよ」と思ってるうちに、わたしの方が先に寝てました。なんか短い1日でした。
2008年10月16日(木曜日)
インプットとアウトプットという言葉がありますが、わたしは、断然、インプットが好きです。なので、1日中、読書をすることにしました。
「顔の建築は、肉と歳月の重みに潰え去っている。それでも、廃墟に住む思いがけない動物か鳥のように、黒い目は油断のない光を放っていた」
ロス・マクドナルド『さむけ』の一節。
すごいなあ。
わたしの敬愛するJ・エルロイは、マクドナルドの作品を耽読し小説を学んだといいます。もしかしたら、彼もこの一節に唸ったりしたのかもしれません。
わたしのように「すごいなあ」と嘆息し、模倣しようと書き写したりしたのかもしれません。
思えば、『プロット』という言葉を知ったのは、脚本からではなく、ミステリからでした。
プロットは、ミステリの肝なのです。良質のミステリほど、緻密にプロットを練り、構成を組んでいます。これほど、脚本の勉強になるものはないというのが、わたしの持論なのですが、大抵、聞き流されておしまいです。
「いやいや、最近、ミステリが軽んじられ過ぎてますよ」
そう言ってくれたのは、白坂依志夫さんでした。うれしかったな。
そんなこともあって、今は、とにかく、本が読みたくて、読みたくて……。
こんなときに、いくら書こうとしてもムダなのです。だって、弁が内へ内へと向いているのですから、むりやり押し出しても逆流するだけです。
すごい自己正当化です。得意なんです。
ソファーに寝転がって、読書に耽っていると、青島さんから嬉しいメール。
ついでに、今週土曜日の勉強会のことも思い出させてもらいました。
この勉強会、青島さんと1ヵ月交代なんですが、青島さんは、わたしの担当の月にも気にかけ、メールをくれます。それで、つい甘え、あれこれ指導上の悩みを相談してしまいます。わたしが青島さんのフォローしているだなんて、とんでもない話です。わたしは、青島さんの正論を、ただ後追いしているだけです。正論というのは、時に厳しく疎ましいものです。言う方だって疲れます。
その辺りを、勉強会の参加者たちが、どこまで汲み取ってくれているのか……。
ともかく、読書を中断し、提出された原稿を読み始めました。
夜になって、夫が電話してきました。帰るコールってやつです。
「忙しいんだよね」と言ったら、デパ地下でお弁当を買ってきてくれました。
インプットの日は、生産的な活動は一切休止なので、これは正しいあり方です。
御飯を食べたら眠たくなったので、さっさと寝ました。
結局、『さむけ』は、大して、読み進められないまま、あくる日を待っています。
2008年10月17日(金曜日)
インプットがあればアウトプットもあるわけで、今日はアウトプットの日です。
しばらく休ませておいた「猫ストーカー」の脚本を仕上げることにしました。
て、ホント、仕上がるのか? まだ三分の一も描いてないのに。
あ。今日は松阪当番の日です。レイズに王手をかけられた大事な大事な一戦。
なのに、あっさり、ホームランを打たれてます。ああ。あっという間に5−0って……。五回途中で無念の降板です。もう、ダメだな、レッド・ソックス。
脚本に集中します。プロットをしっかり作ってあるし、プロデューサーとも十二分に話し合っているので、思いのほか、筆が進みます。いい調子です。
ふと、テレビを観ると、7−0になってます。しょうがないなあ。どうにか一点返しても焼け石に水です。でも、お陰で、脚本は順調です。
ところが、なんということでしょう。あれだけ不振だったオルティーズが3ラン・ホームラン。7−4。これは、これは……。
結局、中断し、観入ってしまいました。いやあ、すごい逆転劇でした。こういう勝ち方をすれば、次の期待できるというものです。
こんなことではいけないと、PCを持って外出。まず、駅前の蕎麦屋でたぬき蕎麦を食べて、ツタヤでDVDを返して、ブック・オフで和英辞書とミステリの文庫を二冊買い、大久保のジョナサンに向います。ここはいい仕事場なんです。なんていっても、天井が高い。人も少ない。追い込みをかけるときは、必ず、ここに来ます。家にいるより、断然、集中できるのです。特に、今日はアウトプットの日。とにかく吐き出します。先が見えてきました。
なんか、わたし、乗りに乗ってます。
浮かれるわたしは、この先に大いなる不幸が待ち構えていようとは、想像だにしなかったのでした……続く。
いやあ、ホント、永久に、「続く」のままにしておきたいです。
自分のバカさに溺れて死んでしまいたいです。
ともかく、描きあげたんですよ。読み返して、手直しも終えたんです。
よく頑張ったねと自分で自分を褒めたいくらいの達成感があったんです。
ああ、それなのに、それなのに。
わたし、中国で買ったお気に入りの腕時計をトイレに忘れてしまっていました。
気がついて、駆け戻ったときは、もう遅かった。どこにも、中国GUCCIは見当たりません。店員さんに聞いても「届いてません」と言われておしまい。
えー。それって、置き引きじゃない。
パソコンを打つときに邪魔になるからと外したのが間違いでした。盗まれたらいやだなと持っていったのが間違いでした。ポケットのない服を着ていったのも、バッグに入れたら傷がつくかもなんて思ったのも、面倒くさがらずに腕にちゃんと嵌めなかったのも、トイレの中に手頃な棚があったのも、全て、わたしの過ちです。うう。そもそも、なんで、腕時計なんてして出掛けたのでしょう。
携帯電話で充分じゃないですか。
「後悔、先に立たず」というよりも、わたしは思いました。これは天罰じゃないかと。最近、猫を苛め、夫を酷使したことを諌められているのに違いありません。
何かいいことしなくてはいけないな。
わたしは、その足で新宿に向かい、洋服を買いました。母への贈り物です。
誕生日なのです。2週間前でしたけど。配達を手配し、夕食の材料を買い、DVDを借りて、家に帰りました。
今夜はつくね鍋です。はふはふ食べながら、夫に泣きつきました。
「あの時計、失くしちゃったよぉ」
すると、夫は不敵に笑います。
「あのさ、そもそも、著作権でお金を稼いでる人間が、あんなものしちゃいけなかったんじゃないの」
ごもっとも。ごもっともですとも。
夕飯後、郵便物を見ていたら、意外な葉書が届いてました。
撤去自転車を引取ってくださいって通知です。9月26日に高田馬場周辺で撤去されたと書いてあります。そんな日、そんな場所に行ってません。
盗まれていた自転車が出てきたってことです。
「どうせ、盗品が出てくるなら、時計の方がよかったなあ」とわたし。
と、夫が笑い出しました。
「でもさ、想像してごらんよ。盗った人がさ、お金になるって期待して、あの時計を売りに行ったら、がっかりするよ〜」
はははは。あんまり可笑しくもないけど、笑っておきました。
眠たいな。
日記を始めてから、なぜか、わたし、早寝早起きの規則的な生活になりました。
これって、真っ当な人間だと思われたいという深層心理の表れなのでしょうか。
2008年10月18日(土曜日)
午前8時。なんか目が覚めちゃいました。猛烈にお腹が空いているからです。
そう訴えると、夫は「なにが食べたいの?」とお財布を手にします。
「そんなの、急に、わかるわけないじゃない」寝起きの私は不機嫌です。
夫は時計を見て、「あと十分で決めて。その間にシャワー浴びてくるから」
十分間、わたしは何が食べたいのか考えました。
「サラダっぽい麺」
髪を濡らしたまま、夫は家を飛び出していきます。
なんだか、帰ってくるまで時間がかかってます。
わたしのオーダーを満たすべくコンビニを梯子してるってことです。
やっと帰ってきたかと思うと、「ごめん。こんなのしかなかった」と、とろろ蕎麦とか差し出してきました。
とろろがサラダなのか?
「大丈夫?」
大丈夫じゃないと答えたら、とろろをレタスに変えてくれるのでしょうか?
無駄な質問されると腹が立ちますが、そこは大人の対応で、「ありがとう」と言います。
すると、夫は御役御免とばかり、猛スピードで仕事に行く支度をしはじめます。
今日は土曜日だけれど、大学で講義があるのです。よく働くいい夫です。
「これでいいかな?」と夫が服装チェックを求めてきます。
別に新しいシャツでもネクタイでもスーツでもないじゃん。
ろくに見もせずに頷くわたし。
夫はそれを許しません。
「かっこいいよ」って言葉を待ってるわけです。
「すてき、すてき」とネクタイを直してあげたりします。
こういうムダの積み重ねが、結婚生活ってものなんでしょうか。
玄関まで送っていくとか。
抱きついて「早く帰ってきてね」と言ってみるとか。
キスくらいしてみるとか。
夫が出かけたあと、わたしは大きなベッドにひとり大の字に寝る喜びを満喫しました。
おっと、いけない。今日は元講座生たちの勉強会のある日です。
もう一度、作品を読み直しました。
それでもまだ時間があったので、荒井さんから頼まれた脚本の翻訳に手をつけます。
とりあえずまだ下訳ですけど、荒井脚本のニュアンスが伝わるようにと、辞書と首っぴきで格闘します。大変です。
そういえば、幼い頃、父親に将来の夢を訊かれ、「翻訳家になりたい」とか答えたことがありました。
お父さん、わたし、間違ってました。反対してくれて、ありがとう!
でも、師匠のためなので頑張ります。
いえ、それ相当の翻訳料もいただくんですけど。
そうそう、今日は箱根駅伝の予選会です。我が母校は今年も撃沈。大学の規模が違うんですよ。早稲田や日大の10分の1も学生がいないんですから。それよりなにより東海大の佐藤悠基の不振が気になります。このまま、竹澤に水をあけられる一方なのでしょうか?
がんばれ、佐藤! でも、苦悶する佐藤の姿はなんだかいい感じです。
そうこうしているうちに、勉強会の時間。3時間で6本の講評。
プロフィールにもある通り、私自身、講座の出身です。
講評でも何でも、わたしのいうことは、講座で教わったことばかりなんです。
だから、わたしは、いわば預託者のようなもの。授かった言葉を出来るだけ口伝しようって喋り過ぎました。口が筋肉痛になりそうです。
終了後、隠れ家みたいな韓国料理屋で呑み会。
「日記、読みましたよ。ぐうたらですね」とか言われる。聞かなかったことにする。
ていうか、書いてあること鵜呑みにするんじゃなくて、書いてないことを想像してくださいよ。「日記ではぐうたらを装ってるけど、本当は三食ちゃんと作ってアイロンがけとか得意で家中ピカピカに磨いた上で仕事もちゃんとこなしてるんだろうなあ。猫だって、それこそ猫かわいがりしてるに決ってる」とか、どうして思ったりしないのでしょうね。しないですよね。まあ、いいんですけど。
今夜は、ベッドではなく、ソファーで眠ることにします。明日ゴルフで早い夫を気遣ってのことです。でも、夫、起き出してきました。テレビの音が大きかったんだそうです。
お願いです。もっと大きなおうち買ってください。
2008年10月19日(日曜日)
朝、起きると、なぜか腹が立っています。「すごいよね。寝言でも怒っているよ」
と、よく夫に呆れられるのですが、なんだかしょっちゅう怒っているみたいです。
でも、自分でも何に腹を立てるのか理由がさっぱりわかりません。強いてあげれば、わたしがパリス・ヒルトンじゃないってことくらいでしょうか。でも、わたしがわたしである限りにおいては、まあ、悪くない人生を送っているのではないかと思うのです。それなのに、わたしの中核には確かに常に怒りがあって、何の誘因もなしに、しょっちゅう噴出してきます。今日はそんな日です。漠とした不安はその人を死に追いやったりしますが、漠とした怒りはまわりの人を不愉快にするだけです。猫でさえ、近寄ってきません。こんな日はひとり家に閉じこもっているのが一番です。あ。夕方、外出の約束をしていました。NくんとSさん。
ヘンゼルとグレーテルみたいな二人。彼らを餌食にするのはあまりにも可哀相すぎます。キャンセルしようかなあとか考えながらも、まだ時間があるので、結論を先延ばし。仕事を始めます。集中力が持続しません。部屋の片づけをしようかと立ち上がります。でも、ゴミ箱を空にしただけで、飽きます。
録画しておいたゴルフを観ます。今田が24位につけてます。
と思ったら、ラフから池に入れました。ばかめ。
母親から電話がきました。「すてきなお洋服ね。ありがとう」と、ひたすら陽気に喋り始めます。「娘に洋服を買ってもらえるなんてしあわせだなあって感激しながら、安達太良山に登ってきたのよ。だって、やることないんだもの、ひとりでちょっと行ってきちゃった。そしたらね、山に免許証と家の鍵を忘れちゃってね……あはは」
この人、一体、何を言っているのでしょうか。我が母ながら、さっぱり理解できません。あの、安達太良山って、『智恵子抄』でほんとうの空があるとか言われている、あの『あだたらやま』なのですけど、実際、結構な山なんです。
そんな散歩にでも行くみたいに行くようなところではないのです。それを年金貰ってるおばあさんがひょこひょこと……。
まあ、これくらいは序の口なんですけどね。なんたって、父の葬儀の帰り、「卓球したい」とか言い出して、喪服にハイヒールでスマッシュを打ちまくっていた人なんですから。すでにいい青年になっていた弟たちを叩きのめして悦にいる母親を眺めながら、「わたしは、本当に、あのおばさんから生まれたのだろうか」と訝しがったものです。
「ママ、タクシーの運転手になるのが夢だったの」と二種免許を取ったのは、それから1年ほど後のことです。55歳で夢を叶えたんですから、大したものです。『活躍する女性たち』とかいうローカル紙の特集記事が送られて来たこともありましたっけ。今でも愉しく続けているようです、タクシー・ドライバー。ホント大したものです。多分、母は、本来付与すべきアクティブな要素をわたしに授けることなく、全て自らに吸収しつくしたんだと思います。母もそんな自覚があるのか、時折うちを訪れては「本当に動かない娘でごめんなさいねえ」とか夫に謝りながら、お風呂とか窓とか所構わず磨いて帰ります。
そうそう、母は、夫の顔を見るたびに謝るんです。母に言わせれば、わたしがこんな風になったのは、全て母の教育が悪かったせいなんだそうです。そして、「でも、ここまで育っちゃったら、もう矯正のしようがないわね。我慢してね」とか言って、あはははと笑い出します。何か気の利いた冗談でも言ったつもりなのでしょうか。
今日も、ひとりで喋って、ひとりで笑って、電話は切れました。
どっと疲れが込み上げてきます。そのお陰で、怒りはどこかに吹き飛んでしまいました。
で、ヘンゼルとグレーテルに会いに行きました。しっかり、御飯を食べさせてあげないと。痩せすぎですから、この二人。「さあ、指をお出し」ってなもんです。
陽に焼けて日本猿みたいな顔したゴルフ帰りの夫がデザートから合流。
だからって、更に盛り上がったわけでもないんですけど。
家に帰って、なんだか夫と口を利きたくない気分だったので、本を読みはじめました。
と、鼾が聴こえます。夫かと思ったら、猫です。
「うるさいね」
「ねえ」
と、夫と顔を見合わせました。欠落は欠落でいいものなのかもしれません。
明日はいい気分で起きられたらいいなあと思ったりしました。
ということで、わたしの日記は今日でおしまいです。
次の方をご紹介する前に、もうひとネタ。
青島さんが日記で書いていたように、このリレーは日記を書いた人が次の人を決めているわけじゃなくて、事務局が人選しています。では、どうやって決めているのでしょうか?
青島さん曰く「荒井さんの日記に俺のことが書いてあったから、次は俺に決ったんだよ。で、俺は黒澤明のこと書いただろ。明じゃなくて、久子だけど、クロサワには変わりないって黒沢にいったんだよ」
そこで、わたし、青島さんの推論を実証すべく、さりげなくある方の名前を潜ませておいたのでした。
が、青島さん、ハズレです。
次は、井土紀州さんです。よりによって井土さんなのです。
なぜ、「よりによって」なのかというと、実は、井土さんは、講座生だった頃からずっと、わたしの憧れの人なのです。『雷魚』を読んで虜になってしまいました。
ゆえに、これまで幾度となくお目にかかっていますが、幾度会っても萎縮してしまって、面白い話のひとつも出来ずにいます。紹介文を書いてくださいとか久松さんに頼まれましたけど、うまい言葉が出てきません。
「とにかく、すごい人です」ってことで勘弁してください。